プランク・ダイヴ/グレッグ・イーガン
- 作者: グレッグ・イーガン,鷲尾直広,山岸 真
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/09/22
- メディア: 文庫
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私の最も敬愛する作家であるグレッグ・イーガンの新刊。
(TAP-奇想コレクションは、ホラー色の強い初期短編集だったからいまいち)
イーガン自身は2000年代に入ってから創作のペースが落ちているけど、その中でも比較的最近の短編と、90年代の作品もちょっと織り交ぜた日本独自編集の短編集。
私はイーガンが非常に大好きで、現代最高のSF作家だと信じて疑わないけど正直難解なテーマの作品が多くなかなSFに馴れていない人にはお勧めしにくい。
ただ、いくつかの特徴的なモチーフがあるので、それを知っておくと入り込みやすい。
- 物理的な肉体は残しつつも、脳に特定のインプラントを埋め込んだりや脳自体を劣化しない「クリスタル」に変えたりして、人格調整や移植などにまつわるエピソードを扱った作品・・・【長編「宇宙消失」短編「僕になることを」短編「しあわせの理由」など】
- 人の認識や数論によって世界の有り様が定義されてしまう作品・・・【長編「宇宙消失」長編「万物理論」短編「ルミナス」など】
イーガンの作品に共通しているのが「自分とは何であるか」というアイデンティティへの飽くなき追求。
最新の情報理論や物理学、量子力学などを題材にしながら、結局最終的に行き着くことは「自分」という存在の確かさを常に探している。
今回のプランク・ダイヴもやはり核となるのは自分という存在についての物が多い。
作品毎に簡単な解説を
- 「クリスタルの夜」
今までのコンピュータ用プロセッサとは全く異なる新しい理論で作られた結晶ベースの超高速プロセッサを使用して、コンピュータ内に仮想の生命体を作り出した状態で高速演算させ「進化」をさせ続けたらどうなるかと言う実験物。
自分が作りだし、コントロール出来るはずだった生命が気がついたら自分の想像を超えて進化してしまった、と言うのはよくあるパターンで、そう言う意味では比較的分かりやすい短編の一つ。ただストーリーが安易だからと言ってつまらないわけでなく、そこはイーガン独特の展開で飽きさせない。
- エキストラ
どちらかと言えば少しホラーに近い話。主人公は大富豪で高価な維持費を払って、自分と全く同じ遺伝子構造を持つクローンを大量に作っている。どうしても肉体を持つ以上「老い」から逃れることは出来ないが、同じ遺伝子構造を持つ若い肉体に脳を移植して永遠に生き続けようとする話。こちらもオチは読めるので分かりやすい。
- 暗黒整数
実は別の短編集に掲載されていた「ルミナス」の直接的な続編。この「暗黒整数」だけでも理解できないことは無いけど「ルミナス」を読んでいた方が圧倒的に楽しめる。
個人的にはこの短編集の中で最も好きなエピソード。
数学的に全く異なる理論で成り立っている二つの並行世界観での話。数論の中に存在する未証明の「不備」が存在する双方の世界で異なる矛盾した結論が導き出される数論が存在する。
この不備を「此方側世界(我々)」と「彼方側世界(並行世界の住人)」のどちらかが証明できれば証明した側の勝利となる。それぞれの数論についてどちら側の世界の理論で証明されているかはマップ化されており、双方でせめぎ合いが続いている。どちらか一方の理論が制してしまうと敗北した側の世界は数学、物理学のあらゆる物が狂ってしまい世界が崩壊してしまう。
そんな数論の戦争が繰り広げられている話。とにかく話が面白い。これはお勧め。
- グローリー
イーガン作品としては珍しい深宇宙物。人格データを内包した極小サイズのプローブを異星人のいる惑星に投入。その惑星にかつて生存していた別の生命体が記録に残していた未知の数学定理を探す、と言うはっきり言って数学者以外には何が楽しいのか全く分からない何ともいえないエピソード。
- ワンの絨毯
90年代に書かれた短編でイーガンの名を一躍有名にした短編の代表作。
後に長編の「ディアスポラ」の中の一節として取り込まれている。
肉体を捨てデータ化した人類が「ディアスポラ計画」によって宇宙船で地球を離れ地球外生命を探す話。ある惑星で発見された海藻のように見える巨大物体。実は超巨大な単分子構造体で、内部が非常に多種多様なパターンでタイル化されており、チューリングマシン的な高度な情報伝達手段を内部に持つことが出来る独自の生命体だった。
生命の有り様、自我の存在意義などを色々考えさせられる傑作。
- プランク・ダイヴ
短編集の表題作で有りながらおそらくこの本の中で最も難解な作品。はっきり言って書いてあることの1/3も理解できない、とんでもないハードSF。
深宇宙の惑星で近くに存在するブラックホールの中に飛び込み、その内部でのみ確認できる極小レベル(プランク係数レベル)の物理事象について確認しようとする物理学者の物語。「グローリー」と同様何が楽しいのか分からない(^^;;
- 伝幡
アイデアそのものは「グローリー」とほぼ同じ。深宇宙へ人格を飛ばす話。こちらの方が分かりやすい。イーガンにしては捻りが少なく割とあっさり終わる印象。
イーガンファン、SFファンには絶対お勧めしたい一冊だけど、かなり難解なテーマの作品もあるので、初心者の方は別の短編集を先に読んだ方がいいかも(^^;;